カテゴリーアーカイブ: Books

無用の効用

イタリアのカラブリア大学教授の執筆で2013年に原書は出版されていたが、日本語翻訳版は2023年だった。タイトル通り、利益や金を優先する社会の傾向に抗して知の探究が軽視されている現状に警鐘をならしている。

驚いたのは10年前のヨーロッパでも「企業としての大学と、会社員としての教員」という状況が普遍化していて大学教育も「利潤の論理」に支配されている状況を憂いている点である。一方、文学部教授の筆者は「人文科学」「自然科学」はともに重要で対立関係にはないとしている。

古代ギリシアに始まる数多くの古典文献からキーセンテンスを抜き出して、知の追求の価値を訴え、「所有するために愛することが、愛を殺す」、「真理を所有することは、真理を殺すこと」など、時代を超えた人間行動のあるべき方向性にも言及している。

アートとは何か

哲学者アーサー・ダントーが美学の観点からその定義を述べようとした論集。難解な表現もあり、「訳者あとがき」を何度か読み返した。「受肉化された意味」、「うつつの夢」と言うのが著者の定義である。マルセル・デュシャンやアンディ・ウォフォールを事例に語っているところはある程度理解できる一方、美学や哲学の観念的な議論になると正直しんどい。

最後に著者の遺作「アートの終焉」と言う論文が収録されているのだが、一体いつなぜアートが終焉したのかここもよくわからない。何かを終わらせるのは簡単に語ることはできないのではないと思う一方、それを宣言することが学者の役割だとも感じた。

絵画の歴史

現代アート作家のディヴィッド・ホックニーと評論家のマーティン・ゲイフォードの対談の形で進む、豊富なカラー写真を見ながらの美術史の概説書。両者の豊富な知識と興味が披露されて、芸術は個で味わうより対話で味わうのも大いに楽しいと思った。

ホックニーの興味はとても幅広く、西洋絵画の歴史だけでなく日本の浮世絵や中国の水墨画から写真、映画、iPadまで敷衍されている。そこをゲイフォードが緻密な歴史的な知識の補足を加えながら話が進んでいくので、相当きめ細やかな編集が必要だったと伝わる。もちろん、ゴンブリッツのような網羅的な史書ではないので彼らの趣味に基づいて基づいて進行していくが、翻訳も大変だったと思う。

最後は、人の手による芸術はこれからも続いていくという信念で締めくくられている。

クリエイティヴィティ

2021年に亡くなったミハイ・チクセントミハイの1996年の著書。時折、彼の論文や書籍が引用されているのを見かけて名前だけは知っていたが、ご本人の著書を読み切ったのは今回が初めて。91名の科学者・作家・企業家など「創造的」な仕事をしてきた主として米国人へのインタビューを通して、「創造的な人間であるためにはどうすれば良いか」と言うリサーチをまとめてある。

以前、直接授業を受けたことがある、ケネス・ボールディングやその奥様もインタビューの対象になっていて時代を感じた。各人の幼年期、学生時代、仕事に就いたきっかけ、実績、「大家」になった後の動機づけなどが散文的に表現されていて面白い。

最後にクリエイティブであるためにどうすれば良いかが記載されている。

バウハウス教科書

スイスの画家パウロ・クレーが執筆しドイツのバウハウスでの講義で用いていたそうだ。美術と言うより物理の教科書だ。彼の作品を特徴づける色彩についての言及は僅かで、しっかりした造型理論中心に展開されている。

創造と老年

80歳を超えた画家の横尾忠則が自分よりも年上の作家、画家、写真家、映画監督、音楽家など一流アーティストと対談し、「なぜ老年になっても創造的な活動を続けられるのか」、「そもそも自分を老人と思っているのか」、「死は怖くないのか」など根源的な質問を続けている。

成功した一流アーチスト同士の対談でお互いを尊敬し合い友人だと思っている人たちの対談なので、おそらくほとんど本音で語り合っているのが素晴らしい。インタビューとはかくあるべしというセッティングで、それぞれの回の終盤に二人の記念写真が掲載されているがこれは美しい。

確かに、90歳を超えて描き続けている画家はピカソ、キリコ、草間彌生など枚挙に遑がない。他ならぬ横尾忠則氏の創作能力もぶち抜けていて何年か前の個展で打ちのめされたことがある。一柳慧氏の音楽にはパフォーマーとクリエーターがいると言う当たり前の指摘から、横尾氏もパフォーマーからクリエーターに転身したと言うことかと思った。

レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密

謎が多いレオナルド・ダ・ビンチの伝記である。多くの資料を調査した上でとても分かりやすくこの巨人について幼少期から晩年までを描いている。特にモナ・リザのモデルなど複数の仮説については慎重に扱っていて、断言は避けている。

本人作と言われる作品についてはそれぞれ丁寧な解説がついていて、いかに革新的な芸術家であったかがよく分かる。ただし、作品の写真が小さく巻頭にまとまっているので解説に書かれている微妙さがよく分からない。そのため、PCを開いて当該作品の画像を見ながら解説を読む必要があった。

それにしても晩年まで修正を続けたというモナ・リザの現物は一度見てみたいものだ。

ぼくのマンガ人生

手塚治虫の幼少期から晩年までの人生観を残っていた講演テープを中心にまとめた自伝。あまりの面白さに一気に読んでしまった。巻末に収められていた中学時代の思い出を描いたマンガ「ゴッドファーザーの息子」もなかなかの作品だ。

きっかけはNHK Eテレで再開された「漫勉」だ。よりによってシーズンの初回に浦沢直樹は神様手塚治虫特集を組んできた。虫プロの3人のアシスタントと浦沢氏によるアトムの子たちの会話の「先生」に対するリスペクトにあふれた素晴らしい番組だった。

マンガ人生の方は、この漫画家が書きたかったテーマは一つだったなど、アーティストの創作の気持ちが語られていてこちらもとてもいい勉強になった。

アーティストと創作ビジョン

ここ何年か引っかかっていた「どうして芸術家はあれだけ次々と作品を作れるのか?」という疑問に、かなりはっきりとした答えを出してくれた。果たして完全に正解かは分からないが、似たような問いをもち探っていた研究者がいてくれた事は誠にありがたい。https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10003276.html

心理学者である筆者のリサーチクエスチョンは、「芸術の創作には、天才的な発想と優れた技術が必要なのか?」、
「年を経ても芸術家の創造性が尽きることがないのはなぜなのか?」、「人はどのようにしてエキスパートになるのか?」というものだが、多くの若手の芸術家とのインタビューを通じて次第にその答えに接近している。

アートとビジネスの関連を探っている過程で、こういう研究に出会えたのはラッキーだった。

グリーンバーグ批評選集

米国の現代アート、ピカソ、セザンヌ、アヴァンギャルド、キッチュなど用語も敷衍させた代表的な美術評論家の論文集である。正直、周りくどい部分や美術史を相当理解していないと意味がよくわからない部分も多いが、その時代の美術批評の巨人であり、内外に大きな影響を与えた批評家である。

美大の教授も大いに影響を受けたようで、雲を掴むようなアート作品や芸術家の市場価値に多大な影響力を持っていた人である。特に、ポロック、デ・クーニング、ニューマンなど戦後の米国のアーティストの価値は彼で決まったと言ってもいいようだ。